カテゴリー「不思議な話」の記事

2015年1月12日 (月)

百か日

タオ先生

 こんばんわ!
ブログのネタがつきてきたぁ~~~って以前書かれていたので(笑)
 
 不思議な話(こんなものでよければ・・)

 父が亡くなってもうすぐ四年になります。

 たしか・・・そろそろ百か日になろうかというその晩。

 ベッドに横になり目を閉じてほんの数秒したころに
 目は閉じているのにベッド横に白装束を来た父が(お遍路さんのおりん?)を
 手に持ち、まるで商店街に特賞を当てたときにならすような感じで
 チリンチリン~~チリン~~♪と私の目の前で嬉しそうに「ありがとうなぁ、もう、行くぞ!!」と・・(爆笑)

 あぁ、、もう・・。賑やかやな(笑)
 生きてる時と一緒やな・・最後も^^

 目は閉じているのに、父の姿と部屋の風景が見えていたんですよね~。
 

 後日・・。

 ほんとの百か日・・・その夜の夢です。

 ひとりの男の人が(見たことも会ったこともない人)以下おじさんA
  「最後にどうしてもあなたに会いたいから連れてきてくれと言われたので今からお父さんに会いに行きます」と
 突然言われて・・・。

 気が付いたら。

 右手に大きな大海が広がりきれいな朝日が昇っています。
 その光景を見ながら先ほどのおじさんAに誘導されながら溶岩で出来たような道なき道を歩いていきます。
 疲れたなぁ・・まだ歩くのかな・・。

 と・・おじさんÀが見透かしたように「もうじきですから頑張って」と声をかけてくれました。 
 な!なんで分かるねん・・・?? まっいっか!

 しばらく歩くと石の階段の前に着きました。

 おじさんA「ここを登ればお父さんがいます」

 えぇ~~!!石清水八幡宮より長い階段やん・・・階段・・苦手やわぁ。。。

 長い階段をしばらく昇っていくと右手にあるベンチにもう一人の知らないおじさんBと父が腰かけていました。

 おじさんÀ「ほら、娘さん連れてきましたよ!」

 父は照れ臭いような、寂しいような顔で私を見ても何も話しません。

 せっかく、しんどい思いしてきたのに何やねん。。。

 ふと、頂上のほうをみるとエスカレーターのようなレールが空の雲に突き抜けて伸び、その先はまだまだ続いてそうですが先が見えません。

 ケーブルカーのようなものがそのレールにあります。
 あ!これに乗っていくんやな・・・あっちに。

 おじさんÀ「もう時間ですよ」と父に言いました。

 これで夢は終わりですが

 溶岩の道の足の裏に感じる感触、夢なのにしんどかったこと(笑)すごくリアルだったんですよ。。。


 百か日には本当にあちらの世界に行かなければならないこと。目には見えない世界の決まり事があること。
 あちらの世界に行くときはガイドの人が付き添ってくれること。
 三途の川は川のような幅じゃなく海のように広いとか・・。
 話でしか知りませんでしたが、本当にあるんだな・・と思いました。

 あの世とこの世は遠いように見えて近くにある感覚に思えるようになりました。
 実際、そうなんだろうなと・・・。


 ps
  ちょくちょく父は夢に出てきます(笑)
 私のには出てこ~へんと母はなんか焼きもち焼いてるみたいですが^^
 また、日を改めて。


















2013年10月19日 (土)

心肺停止

ある男性は、入院中の病床で遠隔調整を4,5回ほど受けたのち亡くなられた。

2か月ほどして、奥さんが対面調整に来院。

(施術後)


タオ:ご主人、最後はどんな様子でした?



(手で顔を覆いながら)

女性:思い出したら泣けてくるわ。

あの日、遠くにいる兄が〇〇(隣県)に帰ってくるので会いに行ったんです。電車の中で、病院から携帯へ「病室が変わりました」という連絡を受けたんですけど、それほど気に留めなかったんです。

用事を済ませて家に帰ったら、息子が「もう心肺停止や」って言うんで病院へ駆けつけたら、1時間ほど前から息を吹き返してたんです。

意識はないんですけど、肩でずっと息をしてました。


タオ:きっと待ってくれてたんでしょうね。




女性:病院の先生は、「僕も長いこと医者やってるけど、こんなの初めてです」と言っていました。

心肺停止から、また心臓が動き出すことはあっても短時間らしいです。

お昼から夜中の1時くらいまで、ずっと肩で息をしていましたから。

不思議でした。






2011年4月10日 (日)

祖父が

亡くなって20数年になりますが、昨夜というか朝方、初めて夢に出てきました。

祖母、叔母も一緒にタオの自宅のリビングにいました。

晩年より顔が少しふっくらしていました。

オフィスに着くと、時計が止まっています。

P4100136

午前4時半。

たぶん祖父の夢を見ていた頃です。

何やろ?

2011年4月 3日 (日)

正夢?

ある80代のお嬢さん(?)の夢にタオが出て、

「(仕事を)やめることになったから、○○さんにこのお守りをあげる」、

と言って白いお守り袋を渡したそうです。

「えっ!やめてしまうんですか?」とあわててとび起きたとのことです(早朝5時)。

「なんでやめる言わはったんやろ。正夢やったらえらいことや」と心配で駆けつけてくれました。

「白衣を着て、今と同じように立ってました。白いきれいな絹の袋で、筆で細かい字が書いてありました」とリアリティがあります。

「そうですか。ワタシの本心が伝わったのかもしれません」と答えました。

実は前日、重症(エネルギー的に)のクライアントが続き、さすがにしんどくなり、夜に「今やめたら、他にどんな仕事ができるかな?」と自問した矢先です。

女性も夢でショックを受けたようですが、ワタシも正直、びっくりしました。

「大丈夫。生きてる限り続けますから」と言うと、

「ほんまですか。あぁ、よかった」と喜びつつもまだ少し不安げでした。

人は「集合意識で繋がってる」ことを実感します。

2011年3月23日 (水)

念力は(×)?

昨日、ふと思い出した昔の事例。

ある体格のいい男性を施術中のこと。

「う~ん」と唸りながら、絶えられないくらい腰のあたりが重苦しくなりました。

「もしかして、念力を入れるような治療を受けたことがありますか?」と尋ねると、

やっぱりそうでした。

仙骨調整で自らのエネルギーが活性し、施術者の念によって封入(?)されたエネルギーが押し出されるときの苦しさだったのだと思います。

施術後、要らないものが抜けて、すっきりしたようでした。

そのとき想念とは、「残るものだな」と感じました。

タオの施術も何も加えないので、外気療法、加持祈祷や霊能者による施術などと同一視されがちですが、実はそれらとは対極にあります。

タオは、個人の想念、気(=エネルギー)を入れたり、送ったりしません。

受ける人の体の自発性にすべてをゆだねます。タオはそのきっかけを与えるだけです。

仙骨の「矯正」ではなく「自己調整」です。

矯正という言葉は、無理やりな感じがして嫌です。

タオは、「治してやろう」などという気負いがまったくないので、よく世間話をしながら施術をします。

施術の前に自己エネルギーを高めるパフォーマンスはしません。

だから人によっては、「頼りない」と写るかも知れません。

それでもいいんです。

自己(我)を出さない施術が最高の力を発揮することを知っていますから。

2011年3月18日 (金)

得体の知れぬ塊が・・・

タオ歴2年の女性(70代)。

去年暮れから腹痛→下痢→すっきり、を繰り返していました。

ところがある日、便が出なくなりました。

夜通し腹痛が続いて、トイレに行くと何か塊(かたまり)のようなものが出ました。

はじめ「カイロを落とした」と思ったそうです。便とは明らかに違うものです。

これは「尋常ではない」と、救急車を呼び、入院しました。

その後、血便が何日か続きました。

大腸(内視鏡)検査を2回しましたが、腸壁が荒れているだけで特に問題は見つかりませんでした。

その塊は、トイレに流してしまったので何だったかは分かりません。

要らないものが出てくれたのだとは思いますが・・・。

2011年2月24日 (木)

「父の不思議な話」その参

「父の不思議な話」シリーズ第三弾。

いただいたメールを以下にコピペします。

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今日は「父の不思議な話・・其の参」です。


  

  明け方3時過ぎに病院から父が急変したと連絡を受けた母は急いで病院へ向かったのです。

  病室へ入ると、母の従姉妹(三姉妹)とそのご主人達がベッドを取り囲んで

   みんなで「おっちゃん、おっちゃん!」と声をかけていたそうです。

  この従姉妹のうちの一人の近くに住むAさんを母は頼りにしていて、父にもしもの事があるときは
  病院からAさんにも連絡が入るようになっていました。

   でも、なんで私より先にここに?? しかも、その婿どの達まで?・・・と母は思ったそうです。

   その理由を聞くところによると、Aさん家族と同居している祖母の妹(母の叔母)92歳が

    夜中に台所に水を飲みに行って、つまづいて転んで圧迫骨折したそうです。

    それで、救急車を呼んで父が入院している病院に運ばれて、今しがた入院手続きを済ませたところに
     
    父の方の病棟から携帯に連絡が入って、その真上にある父の病室に呼ばれた・・と言いました。


    まるで仕組まれたようにタイミングが合わさったような出来事だったので、
    
     もしかして?父が呼んだのではないかと・・。

    
    そうなんです、父ならしかねません。。。。

     最期にみんなに会うために

    「そうだ!あの婆さんには悪いが・・ちょっと遣わせてもらおう・・かな?」と・・。

      父は知能犯でしたから~。。。




    父は生前、筋の通った人でしたが厳しいことも言うようなこともあったので、周囲の反感を

    かう事も多かったみたいです。

    しかし最期に、会って謝りたかった人や大好きだった人を呼んだのだと思います。


     母が父のそばに行くと、父は挿管され呼吸器が取り付けられ

      母に会わせるまでに医師が息をつなげておいてくれたのです。


      「まだ、耳が聞こえるし、解るから声をかけてあげてください」と医師が言いました。

     母は父の耳に顔を近づけて「お父ちゃん、遅くなってごめんね・・待っててくれたん?」と言うと

     父は目を閉じたまま「うん」と頷き

       「今まで長生きしてくれてありがとう、お父ちゃんと一緒に暮らせて楽しかったよ・・」と

      声をかけると、父は「うん」と頷き涙をぽろっと流しながら間もなく息を引き取ったそうです。



     生前、Aさんは娘の私の代わりに父の体を拭いてくれたり、爪を切ってくれていました。

    Aさんが「おっちゃん、85年生きてきて何が一番楽しかった?」と聞くと

     「おばさんと一緒になれたことが、いちばん嬉しかった・・」と言ったそうです。


    その大好きな母とたくさんの人にに看取られて逝った父の最期は幸せだったと思います。


    
     人は亡くなる前に不思議なパワーを発揮するものですね。

     しかし・・父もよく考えたなぁと思いました(笑)

     ちなみに父のお陰で散々だったお婆さんは経過順調だそうでよかったです。

    


     不思議な話は父の話以外にもネタが豊富なので、また聞いてやってください。


    
    長々とお付き合いありがとうございました。

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ファンタジー映画を観たあとのような、ほんわか気分になれます。

ありがとうございました。






2011年2月22日 (火)

「父の不思議な話・・その弐」

昨日に続いて、「不思議な話」第二弾。

以下は、いただいたメールのコピーです。

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「父の不思議な話・・その弐」

   母と私には、亡くなった人が夢に出てきて時々何かを伝えに来られます。


   父が亡くなる3日ほど前、母が寝ていると明け方に16年前に亡くなった母の妹(叔母)が

    夢なのか?現なのか・・・はっきりと出てきたそうです。

    「姉ちゃん、姉ちゃん!会いたかったぁ、やっと来れたぁ~!」と言いながら

     甘えただった叔母は母の布団にもぐりこんできたそうです。

     叔母は母の背中をさすりながら「お祖母ちゃんの面倒を姉ちゃんばかりに見させてごめんな・・」

     「寂しいかもしれないけど、元気出して頑張りや!」と言ったそうです。

     母はいつも寝るとき枕元の小さいラジオをかけながら寝ているそうですが

     ちょうど、その時にラジオから「妻恋道中」の音楽がかかっていたところ

    踊りの名手で名取だった叔母は「これこれ!いいのが、かかってるやん! 私、今から踊って見せるから

    これ見て元気出して!」と言いながら踊って見せたそうです。


     ひとしきり踊って見せた後、叔母は「今からお花を届けないといけないところがあるから私はもう
      行くわ、元気出してや!姉ちゃん!」と言いながらスゥーと消えて言ったそうです。

    あんなにはっきりと目に見えたのは初めてやわ・・・と思いながら入院している父の元に

     向かったそうです。

    病室へ入るなり父は「昨日の夜中に女の人が大きな花束を持って来てくれた。 どこかその辺りに
     置いてあるはずだ」と言ってきかないそうです。

    もちろん、そんな花など何処にも見当たりません。


    きっと叔母は、95歳になるお祖母ちゃんを母と一緒に介護してきた父にお礼を言いたかったのでしょう。

    


    お付き合いくださいまして、ありがとうございます。


    でも、まだ其の参があるのです^^

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リアルな夢(?)体験ですね。

どうも肉体は消えても、意識は存続しているようです。

「その参」はさらにドラマチックです。

2011年2月21日 (月)

「父の話・・・その壱」

タオの遠隔調整を受けていただいる女性からお便りをいただきました。

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「父の話・・その壱」

  父は今年、○月○日の明け方に亡くなりました。

  その一ヶ月くらい前に、私は夢を見ました。

  夢の中で入院してベッドに寝ている父がいました。 その横で母が父の口元を拭いたりして世話を焼いています。
  
  現実、そのとき父は入院していませんでした。

  カーテンの内側に見知らぬ男性が二人、女性が一人立っていました。

  「この人たちは誰ぁれ?」と父に聞くと「この人たちはワシの兄弟、お前の叔父さん、叔母さんにあたるひと
    だから、挨拶しなさい」と言いました。

   父方の叔父や叔母は、私が生まれる前に亡くなられていたので顔を知りません。

   その人たちに挨拶をしながら、「この人たちは、この世の人じゃないな・・・」とフッと思いました。

   私に「お願いしますね・・・」と頭を下げられて挨拶しながらベッドから離れて行かれました。

   その一週間後父は入院しました。

   夢を見た2週間後、父がしきりに私に会いたがっているというので、4日間九州の実家に帰省しました
  
   足が浮腫んで、ベッド上安静を強いられている父を見て愕然としました。

   ブルドーザーみたいに力強く快活だった父が私を一目見て涙浮かべながら、力なく横たわっています。

   その日から朝早くから夕方まで疲れている母に代わり、病院に通いました。

   入院中の父の背中を拭いているときに、ふと・・夢のことを思い出しました。

   あぁ、このことを言っていたんだなと。

   短いこの間に、私のすべての技術を持って看病ができて、昔の写真を見せて思い出話も出来たし

    父と私にとって、いい時間となりました。

    私も、そう遠くはない父の死を覚悟していましたので、この世でのいい想い出をお土産に旅出させてあげたいと    
    思ったのです。
    
    想い出は誰にとっても財産です。

    後で気付いたんですが、夢で見た病室の間取りやベッドの位置がまったく同じでした。

    予知夢というものですかね。。。。。

     不思議な思いをしました。



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夢で見た病室の間取りやベッドの位置が現実のものとまったく同じというのは、不思議ですね。

意識には時空を越えて、どこへでもフォーカスできるということでしょうか?

Part2はさらに不思議です。

日をあらためてご紹介します。